被災地のいまを自分の目で見てココロで感じたい 〜石巻復興マラソン〜

  • 2015.06.26
  • (更新日:2019.11.13)
  • LIFE
被災地のいまを自分の目で見てココロで感じたい 〜石巻復興マラソン〜

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この土日は石巻で開催される石巻復興マラソンに出場する。土曜日に5kmを走り、日曜日にハーフマラソンを走る。前の日曜日に裸足で走った隠岐の島ウルトラマラソンにより負傷した両足に不安を感じるが、復興マラソンなので精神的にはそれぐらい難易度が高いほうが気持ちは高ぶってくれるだろう。

ネパールの支援や、東日本大震災の支援などをここで書くことが増えているが、わたしには被災者に対する同情の気持ちというものはまったくない。「おいおい何を言い出すんだ」と思うわれるかもしれないが、わたしは被災者に対する同情はまったくしていない。

ネパールはネパールの、東北は東北のそれぞれの被災者がもがいて現状を打破する以外に救われる方法はない。わたし個人に失ったものを回復させる力などない。ただ、わたしは困っている人がいれば手を貸したくなるタイプの人間だ。同情はしないが、目の前に困っている人がいれば手を貸さずに入られない。

いや、わたしだけではないだろう。

日本人の多くは困っている人を見て見ぬふりが出来ないはずだ。もし、見て見ぬふりをしてしまったら、心がどこか落ち着かない気持ちになっているのだろう。わたしは困っている人をかわいそうだとは微塵も思わない。ただ困っている人を助けるのは当たり前だからやる。それだけのことだ。

わたしが今回石巻復興マラソンを走るのは、震災後少し経過したあとに訪れた石巻がいまどういう状態なのかを知りたい。そして、現在進行形で復興と向き合っている人たちの姿を自分の目で見たいと思ったからだ。メディアはもう東日本大震災のことなどなかったかのような雰囲気を築いている。本当はどうなのか自分の目で見たい。

そして、自分が行くことによって少額ではあるが石巻やその周辺でお金を使うことになる。ネパールの震災支援のときも書いたが、天災による復興に必要なのはなによりもお金だ。この国でお金のことを言うことは避難されやすい行為のひとつであるが、これは決して目を背けてはいけないことでもある。

ならば往復の交通費分も含めて、寄付をすればいいではないかと思うかもしれない。それはそれで正論だろう。でも、寄付というのは継続性を保ちにくいという面もある。自分の目で被災地のいまを見ることでココロの中に被災地のことが焼き付けられる。ふとした瞬間に思い出す。そのことで次の支援につながっていく。

いまでも東北の復興の気持ちを忘れていない人の多くはボランティアなどで実際に東北に足を運んだ人ではないだろうか。これには統計データなどないし、わたしの感覚でしかないが、そう間違ってはいないだろう。

実際に現地に向かい、現地の人と何気ない会話を交わす。その積み重ねが震災を風化させない唯一の手段だろう。

実際に被災地に向かい、できることなどたかが知れている。でもしないよりはいい。難しく考える必要もない。ただ東北のいまをきちんと感じればいい。あえて何かをプラスするとすれば、被災地でたくさん笑うことぐらいだろうか。笑顔は伝染する。一人の笑顔が誰かの笑顔を誘う。そしてその笑顔がまた誰かを笑顔にする。

くどいようだがもう一度書いておく。わたしは被災者に同情などしない。きっと被災者もそんなものは求めていない。ただ、わたしにできることを全力でやりぬく。それが被災地の小さな力になればいい。

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