ゆっくりと着実に耐えながら待つ【大吉で始まった2023年】

宿直先の伊豆高原・富戸には三島神社があります。おそらく三島神社が氏神様なのですが、どう考えても海の神様なのに対して富戸は漁村でありながらもすぐに山になっていて、そちらにも神様がいるはずだと思ったら、やっぱりお不動さんがありまして。

それに気づいたのが去年なんですが、宿直に来るたびにその2つに挨拶に行くようにしています。別に信心深いわけではないんですが、それはもう朝起きて顔を洗う習慣のようなもので、初詣もその2社をお詣りしました。

お不動さんは地元の人しか知らない場所にあり、本当に聖域という雰囲気があります。居心地がいいかというとそうでもないのですが、最近ちょっと受け入れてもらえているような気がします。祠の裏に小さな滝があるのですが、それも含めて特別なばしょです。

ただお不動さんには御神籤がありません。なので御神籤は三島神社まで降りてから。繰り返しますが、神様も仏様も信じていないんですよ。ただ、八百万の神というのはどこか親近感があって、古い友だちに会いに行くような感覚ですね。

御神籤というのは古い友人からの助言や忠告みたいなもんでしょうか。だから凶がでようが吉がでようが、大事なのはそこに書かれていることなんですが、今年は大吉ということで、正直ちょっとうれしい気分になっています。

冬枯れて 休みしときに 深山木は 花咲く春の 待たれけるかな

強い気持ちを持って粘り強く春を待ちなさいというのが、氏神様からのメッセージ。どこか焦っているところがあったのかもしれません。でも人生は良いときも悪いときもあるもので、悪いときに騒ぐのではなくただ流れが来るのを待ち続ければいい。

ちょうど春から新しいことが始まるわけですが、今はそれに備えてやれることをコツコツ積み重ねて待てばいい。きっと本格的に動き出したらなるようになるし、そこでベストを尽くせば結果が付いてくるはずです。

人間というのはどうしても目先のことばかり考えてしまいますが、大事なのは最終的にうまくまとまること。失敗をしたなら反省して改善すればいい。何事もまだまだ道半ばなのですから、いちいち凹んでいる場合ではありません。

そう思えれば、大抵のことは収まるところに収まります。とても普通のことなんですが、日常の流れに流されて、そういう原理原則みたいなものを忘れがち。初詣や御神籤というのは、そういうことを思い出させてくれます。

若い頃は「御神籤なんて」と思っていたのですが、若気の至りみたいなもんですね。歳を重ねるといろいろなものの見え方、感じ方が変わってきます。47歳というのは思ったよりも悪くない年齢かもしれません。ただ回復が遅いという点を除けば。

いずれにしても今年の方針は「ゆっくりと着実に耐えながら待つ」としましょう。御神籤はお守り代わりに持ち歩くようにします。春がいつやってくるかはわかりませんが、そのときが来たときに最高の自分でいられるように。

大吉を引いたあと、飲食店とコンビニに行ったのですが、面白いもので嬉しさが表情に滲み出ていたからか、どちらも店員さんが素敵な笑顔で対応してくれました。こんないいことが起きるなら、しばらく浮かれ顔でいようかと思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次