社会のルールを守らなくても問題がないとしても、僕はルールを守り続けるだろう

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当たり前のことを当たり前にやる。これが普通だと思ってきたわけですが、2023年はそうではない現実を突きつけられました。しかも仕事ができると思っていた人も、当たり前のことを適当にしていることがわかり、さすがにちょっとこの国が心配になります。

世の中にはルールや法律があります。日本がいくら自由な国だからといって、決められたルールを守らなくてもいい自由というものはありません。何をするにしても、まずはルールがあって、その上に積み上げていく必要があります。

ところが、そのルールを守らないケースが多々あります。最近は減ってきたようですがサービス残業なんかもルール違反で、20年前はどの会社でもそれが当たり前でした。もちろんルール違反なわけですが、なぜかそれが通っていたわけです。

そうしないと会社の経営が成り立たないから。部署が利益を出せないから。まあ理由はいろいろあるのでしょう。でもルール違反しなくては成立しない会社は、そもそも存在すべきではありません。でも、現実はそういう会社や組織が無数にあるのでしょう。

当たり前のことを当たり前にやるだけでいい。どこに行っても私はそう言っている気がします。でも、それなりに大きな会社でもない限り、きちんとしないことが当たり前となっており、たとえば契約関係の書類を作らないケースが多々あります。

そうなるのは人間が怠惰な生き物だからなのか、きちんとしなくても成立しているからからなのか。でも、必要のないルールというものはありません。過去になんらかの問題があって、その問題を起こさないためにルールがあります。

スポーツにもルールがあります。もちろんマラソンにもルールがあって、でもマラソンのルールブックを読んだことがあるのは、ランナー全体の1%にも満たないかもしれません。だから知らないうちにルール違反をしていることも珍しくありません。

トップレベルのランナーでもない限り、ルールを守っているかなんてチェックされません。ただ、意図的にルールを破ろうとする人はほとんどいません。ひとつは何がルール違反かなんて知りませんし、何をすれば有利になるかも知らないから。

でも何がルール違反か知っていても、それを意図的に破る人がいないのは、違反して出した記録に価値がないことを知っているから。そして、いい結果が出なかったとしても、路頭に迷うことがないことも。会社のように誰かに不正を指示されることもありません。

そう考えると、人間というのはきちんと自律できる生き物なわけです。正しくやろうと思えば正しくできる。ただ、それをさせない何かがあるわけで、そこを調べてみるのは面白いかもしれません。「なぜ人間はきちんとできないのか」というテーマで。

逆にどうすればみんなが当たり前のことを当たり前にするようになるのか。世の中から不正がなくなるのかを考えるのもいいかもしれません。なくならないことはわかっていますけどね。でも、せめて自分がまっすぐであり続けるための道標になります。

他の人がちゃんとしないから……そんな理由で自分もそちら側の人間になるのは耐えられません。みんながそうであっても、自分はひとつずつ丁寧にやり続ける。それで損しても構いません。ズルして得られるものに興味はありませんから。

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