全国各地でマラソン大会が中止になりましたが、マラソンを走ったことのない人まで巻き込んで、返金論争が起こっています。もっとも、ほとんどのランナーが返金なしでも「仕方ない」としており、マラソン大会がどういうものか理解していない人が騒いでいます。
今回はみんなが共通認識を持ついい機会だと思うので、マラソン大会とはどういうイベントなのかについて、わかりやすく解説していきます。もちろんこれが正解というわけではなく、考え方は色々あると思いますが、最後まで読んでもらえれば、いろいろ腑に落ちるのではないかと思います。
マラソン大会における運営会社の立場
まずはマラソン大会に関係する登場人物を整理しておきましょう。
- ランナー
- 主催者
- 運営会社
- スポンサー
他にもボランティアスタッフや様々な業者もいますが、話が複雑になるのでここでは抜きにしておきます。ここで気になるのが、運営会社ですよね。正確にこう呼ぶのかどうかはわかりません。ウェルネスやアールビーズがこれにあたります。
マラソン大会主催者の多くは自治体ですが、マラソン大会を開催するノウハウがないので、運営会社に依頼してサポートしてもらいます。運営会社は集客やコース設定、ボランティアスタッフの募集、大会計測などなどマラソン大会に関わるほとんどすべての業務を行います。
先に説明しておきますが、マラソン大会で利益を得られるのは、この運営会社だけです。そして今回のようにトラブルがあったとき、いつも運営会社が叩かれるのですが、まずその部分の認識を改めてもらおうと思います。
運営会社は民間の会社で、主催者から仕事を受注して会社経営を行っています。
みなさんの勤めている会社と同じで、利益がないと社員を養えません。利益がないと設備投資ができません。だから、マラソン大会が中止になろうがなるまいが、受注しただけの金額を請求します。もしかしたら、多少目減りするかもしれません(そこまで内部に詳しくありません)が、これは正当な請求です。
わかりやすく説明しましょう。例えばマラソン大会に必須のバナナ。これはどこかに発注するわけですが、何万本ものバナナを用意するには、事前に準備が必要です。このため、大会側は輸入代理店に話をして、まとまった数のバナナを揃えてもらいます。あなたがもし、その輸入代理店の担当者だったとします。
すでに手配も終わらせて、あとは納品するだけとなったときにマラソン大会中止の決定。「バナナは必要なくなったので代金は支払いません」と言われたらどうしますか?「はい、わかりました」なんて言えませんよね。会社に大きな損失が出ます。
この場合、契約がどうなっているかにもよりますが、支払いが減額されるにしても、少なくともバナナの原価と人件費は払ってもらう契約にはなっているはずです。そうしないと、輸入代理店が潰れてしまいます。運営会社も同じで、かかった経費は払ってもらわないと経営が成り立ちません。
一方で、主催者も払わないという選択はできません。そんなことをしたら、次回以降どの輸入代理店もバナナを集めてくれません。大会運営会社だって手を引いて、翌年以降は大会の開催ができなくなります。
これで運営会社が儲けているという部分は、渋々でも納得してもらえたかと思います。「それでも儲けすぎだろ」と思うなら、自分でもっと低コストで引き受ける運営会社を設立してみてはいかがでしょう?みんな喜んでくれると思いますよ。
マラソン大会はみんなが出資して行うイベント
コンサートやスポーツ観戦イベントは中止になると払い戻しをしているのに、なぜマラソンは返金しないのか。これは、そもそもそのようなイベントとマラソン大会を同列に考えるから話が複雑になります。マラソン大会において、本質的に関わる人たちの中で儲けている人は1人もいません。
運営会社が儲けていると説明しましたが、運営会社は依頼を受けて仕事をしているだけなので、発注先のひとつ(バナナを集める会社と同じ)にすぎません。マラソン大会に関わる本質的なメンバーは、運営会社を省いた3者になります。
- ランナー
- 主催者
- スポンサー
この中で、マラソン大会で直接的に儲けている立場の人はいません。ここに大きな勘違いがあり、他のイベントとの違いもあります。
コンサートやスポーツ観戦は、主催者が儲けています。主催者が「こんなイベントを参加費◯◯円で開催します」と宣伝し、興味を持った人がお金を払って参加します。だから、何らかの理由でイベントが開催されなかった場合には払い戻しが行われます。
当然主催者は赤字になりますが、保険に入っているか、中止になるリスクも織り込んでイベントの価格設定をしているので、別のイベントで損失分を回収できます。1年間でトータルプラスになればいいわけです。
だったらマラソンも同じじゃないかと思うかもしれませんが、マラソンは成り立ちからして、まったく話が違います。マラソンはランナーも主催者もスポンサーも出資者になります。大会を成立させるために、それぞれがお金を出し合っています。
ランナーは参加費を払い、主催者が自治体なら税金を予算として使い、スポンサーはスポンサー費用を捻出します。ランナーの払った参加費が、主催者の利益になるわけではありません。主催者は3者から集めたお金をやりくりして業者に支払いをし、マラソン大会を成立させます。
もちろん出資ですから、次のような見返りがあります。
ランナー:快適にマラソンを走れる
主催者:経済効果と市民の健康促進
スポンサー:知名度向上とランニング業界の活性化
それぞれについて詳しく解説します。
ランナーは快適にマラソンを走るために出資
ランナーはフルマラソンを走りたくても、その環境をすべて自分で用意するのはほぼ不可能です。信号でストップしない場所と程よい間隔であるエイド、間違いのないタイムと距離計測。どれも個人レベルでできることではありません。
だからお金を払って、その環境を整えてもらいます。ストレスなく42.195kmを走るために、そしてトラブルがあったときにサポートしてもらうために。
ただ、環境を整えるのに必要な金額すべてをランナーが払うわけではありません。それをしたら、マラソン大会の費用は4万〜5万円くらいかかります。とてもじゃないけど払いきれませんよね。そこで主催者とスポンサーが登場します。
主催者は経済効果と市民の健康促進のために出資
ランナーの参加費だけで足りない部分を補うのが主催者である自治体です。もちろん税金を使うことになります。走らない人からすると、まずそこが引っかかるかもしれませんが、マラソン大会には2つの大きなメリットがあります。
- 大きな経済効果がある
- 市民が健康になり医療費が削減できる
マラソン大会に税金を使うことに反対する人もいますが、これは主催者(自治体)による投資になります。例えば1億円の税金を使ったとして、10億円の経済効果を生み出したら、かなり効果的な投資になります。
実際に東京マラソンは、約1.5億円の税金を出資して、160億円近い経済効果を東京都内に生み出します。日本全国の経済効果ですと250億円を超えると言われています。それだけ潤う人も出てきますし、東京都としても税収アップに繋がりますので、決して間違った出資ではありません。
「税金をマラソン大会に使うな」というのは、目先のことしか考えていない人の発言です。マラソン大会に使って、それ以上のリターンがあるならそれは捨て金ではなく活きるお金です。むしろ、行政のあるべき姿ともいえます。
さらに、マラソン大会に出場するためにランニングを始める人が増えれば、健康な人が増えます(建前は)。そうなると医療費を削減できます。市民マラソンの本来の意義はここにあります。税金を使って市民の健康促進をはかるわけです。出資するだけの価値はありますよね。
スポンサーは広告宣伝のために出資
マラソンの費用負担のうち、もっともたくさん出資しているのがスポンサーです。スポンサーにとって、マラソン大会というのは自社の宣伝をするために絶好の場になります。東京マラソンの場合はアシックスがメインスポンサーですが、他のスポーツメーカーを排除でき、EXPOなどで自社のアイテムをPRできます。
他にもいろいろとスポンサーがありますが、いずれも広告宣伝できるからお金を出しています。この宣伝効果がどれくらいあるのかはわかりませんが、少なくともブランド力を高めるのには役立っているのは間違いありません。
また、マラソン大会でランニング業界そのものが活性化すれば、ランニングウェアやランニングシューズがよく売れるようになります。マラソン大会があるから、自社製品が売れるので業界を盛り上げるためにも高額な出資をしています。
マラソン大会が中止になると3者ともに損をする
ここまでの説明で、マラソン大会が他のイベントとどう違うのか理解してもらえたかと思います。ほとんど大会で主催者が直接的な利益を得ているわけではなく、ランナーとスポンサーも合わせてみんなで出資し、みんなで作り上げているイベントになるので、中止になった場合には3者ともに損をします。
マラソン大会は中止になっても準備段階でほとんど予算を使い果たしています。運営会社や警備会社、エイドの食べ物や飲み物、参加賞や記念品などの発注は終わっていて、マラソン大会直前には財布にほとんどお金が残っていません。
ランナーの参加費も、主催者(自治体)の税金も、スポンサーのスポンサー費用も残っていない状態です。この状態で中止と決まっても、残っているお金などほとんどないに等しく、返金しろと言われても無い袖は振れません。
ランナーだけが損をしているように思っている人もいるかもしれませんが、中止になって痛いのは主催者もスポンサーも同じです。中止になると経済効果は準備のために支払った分しかありませんし、スポンサーはほとんど宣伝できないわけですから無駄な出資になります。
もしもに備えて保険に加入している大会もありますが、おそらく今回のような事態は想定外で保険の支払対象にはならないのでしょう。保険で補填できないなら、すべてのお金を使い切った状態で返金できないのはわかりますよね。
マラソン大会開催に向けて出資したけど、思わぬトラブルで出資が無駄になる。投資の世界では決して珍しいことではありません。それが「出資」なわけです。上手く行けばリターンがありますが、失敗すれば出資したものは戻ってこないのが当然で、この出資という考え方を持っていないから「返金しろ」と言い出してしまうわけです。
ただ、主催者も含めて「みんなで出資して作り上げる」感覚を持っている人はほぼ皆無でしょう。ここを共通認識にすれば上手くまとまるのに、主催者はサービスを提供しているつもりになり、ランナーはサービスを受けるつもりになっているから、他のイベントと同列に考えてしまいます。
返金しないなら主催者は収支報告をする義務がある
納得できるかどうかは別として、ここまでの説明でマラソン大会が中止になっても返金できない本当の理由をわかってもらえたかと思います。まるで主催者側のまわし者みたいな説明になりましたが、わたしは別に主催者を守りたいわけではありません。
むしろわたしは主催者に対して1つだけ注文をつけたいことがあります。それは「返金しなくてもいいから収支報告をすべき」ということです。お金がないのは理解できますし、それを無理に返すべきなんて言いません(返金をしたら税金が投入されるだけなので)。
ただ、わたしたちが出資したお金を使って準備をしたわけですから、何にいくらかかったかを、素人でもわかるように説明する義務があります。明細もなく「使ったからもうありません」なんて言われても納得できません。
東京マラソンは毎年収支報告をしていますが、ある程度の知識がないと読んでもわかりません。もっと分かりやすく参加費をどう使ったのかを説明してこそ、マラソン大会が共同出資だという話の筋が通ります。
だから、ランナーはマラソン大会に対して「返金しろ」と訴えるのではなく、「返金しなくてもいいから、どう使ったか収支報告を公開しろ」と訴えるべきです。
まとめ
次々と中止になっていくマラソン大会。そうなるといつも問題になるのが参加費が戻ってくるのかどうかという話ですが、最後まで読んでくれた人は「戻ってこなくて当然」という考え方になってもらえたかと思います。
マラソン大会は、主催者・ランナー・スポンサーが出資して開催するイベントで、主催者はお金の管理や手配を行っているに過ぎません。主催者もわたしたちと同じように出資しているのに、わたしたちの代わりに、面倒な役を引き受けてくれている存在でもあります。
なのに「参加費を返してほしい」というのはあんまりではないでしょうか。それを本気で請求したら、どの自治体もマラソン大会の開催をやめてしまいます。わたしたちランナーはお客様ではありません。主催者もスポンサーと協力してマラソン大会を開催するための仲間です。
ただし、仲間だからこそ返金できない場合には、お金を何に使ったかの収支報告をきちんと行うのが筋というものです。もし「マラソン大会は共同出資で開催するもの」という考え方に賛同できる主催者がいれば、わかりやすい収支報告を公開していただきたいところです。
面倒に感じるかもしれませんが、それをしないと信用を失います。信用が失われると当然参加希望者が減ってしまいます。ここできちんとした対応が取れるかどうかで、マラソン業界やランニング業界の未来が決まります。そのあたりまで考えた上で、マラソン大会の主催者は今後の展開をご検討いただければと思います。