ランナー自身の走力を競う時代への回帰【ロンドンマラソン2020観戦記】

Facebookで誰かがシェアしてくれていたおかげで、ロンドンマラソンの残り30分だけ見ることができた。距離表示などがなく、レース展開が分かりづらい配信で、日本のマラソン中継がいかに工夫されているのかがよく分かったのだが、本題はそこではない。

すでに知っている人もいると思うが、このレースでは1位と2位の差が1秒、1位と3位の差が4秒しか無いという、近年まれに見る接戦となった。上位3人は誰が勝ってもおかしくなく、そしてその裏で絶対王者、メジャーマラソン10連覇中のキプチョゲ選手がペースアップについていけずに8位という結果に。

1位 02:05:41 S・キタタ(エチオピア)
2位 02:05:42 V・キプチュンバ(ケニア)
3位 02:05:45 S・レンマ(エチオピア)

1位のキタタ選手と3位のレンマ選手がナイキのヴェイパーフライ ネクスト%で、2位のキプチュンバ選手がアディダスのアディオス プロを履いていたはずだ(見間違いかもしれないが)。キプチョゲ選手だけがナイキのアルファフライを履いていたのではないだろうか。1人だけ白系シューズで目立っていた。

他のランナーのシューズは示し合わせたかのように赤系で、誰が何を履いているのか分かりづらい。ニューバランスのFuelCell RC Eliteを履いていた2人も検討していた。履いていたのが白人ランナーだったのもあり、ニューバランスのこのシューズも世界で戦えることを示す結果になった。

キプチョゲ選手が後半のペースアップについていけなかったのが、10℃以下の気温と雨のせいなのか、それともアルファフライのせいなのかはわからない。その両方の組み合わせのせいだったのかもしれないし、コロナ禍において十分なトレーニングを行えたかった可能性もある。

だが、はっきりしたことが1つある。このロンドンマラソンでランニングシューズ競争の幕が降りたということ。どのメーカーも高いレベルのランニングシューズを開発し、ここからの伸び代はほとんどない。マラソンがようやくランナーたちの元に戻ってきた。

そして、ランナーの手元に戻ってきたマラソンは、かつてのように駆け引きがあるものに変わっていた。もうキプチョゲが独走してレースが終わるというようなことは起きにくい。選手のレベルが拮抗しているので、40km地点でも4〜5人の集団になっているレースが増えるだろう。

残り2kmの勝負どころか、今回のように残り100m以内での決着になることも増えていくだろう。それも2時間3〜5分台で。こうなってくると、大迫傑選手も上位争いには加わることができる。さすがに2時間3分台のレースでは離されるが、2時間5分台で牽制し合えばチャンスはある。

どのメーカーも後半に疲労が出にくい厚底シューズの開発に成功したことで、後半に大きく崩れるようなことはなくなった。これがマラソンのスタイルを大きく変えることになるのだが、結局勝てるかどうかは、シューズではなくランナーの強さや上手さを含めた走力にかかってくる。

これで純粋に競技としてのマラソンを楽しめるのようになる。マラソンを見るのも好きなのだが、ここ最近は選手ではなくシューズばかりに話題がいくことに不満を感じていたのだが、現実としてナイキ1強であったし、ランニングシューズが順位を決めていた。

おそらくメディアはしばらくシューズ競争を煽るような持っていき方をするのだろうが、もうそんな議論に意味はない。選手は以前のようにスポンサーとなってくれているメーカーのシューズを履けばいい。ナイキやアディダスが勝利するのではなく、勝利は選手のものになる。

気になるのはキプチョゲ選手の動向だろう。10連勝中だったにもかかわらず、思うような結果が出なかった。ここで終わってしまうような選手ではないし、マラソンランナーは30代でも十分に戦えるので、きっとこの敗北から這い上がってくるのだろうが、ほんの少しだけ不安はある。

負けを知らない選手が負けたとき、どんな心理状態になるのかはわたしには理解できない。キプチョゲ選手の胸の中は彼にしかわからないわけだが、勝てなかった原因がシューズやコンディションでないのなら、戻ってこれない可能性もある。

このコロナ禍をどう過ごしたか、何が起きたのか選手ごとに違い、勝てなくなるようなメンタルの変化が彼に起きていたとしたなら、残念な方向に向かう可能性もある。盛者必衰。常に最高の選手でい続けることは難しい。もちろん強かった彼が戻ってくるのを期待している。

個人的にはアルファフライが好きではない。

根拠はないのだが、あれで速く走れる理由がわからない。大迫傑選手は日本記録を達成しているが、ヴェイパーフライでも出せていた可能性もあるのだ。スポーツにタラレバは禁止だが、機械設計者としての感覚からしても、あのランニングシューズはおかしい。

エアポッドには空気が入っているわけで、例えば5℃の気温と20℃の気温では反発力がまったく違ってくる。気温が低いとエアポッドの中のエアが収縮してしまい。反発力が失われる。それはわずかな違いかもしれないが、トップアスリートにとっては小さな違いではない。

確か、大迫傑選手が日本記録を更新した東京マラソンは気温がそれなりに高く、わたしは暑さが日本記録更新のハードルを上げると考えていたが、いま思えばアルファフライのポテンシャルを引き出すのに最適な気温だったのかもしれない。

ランニングシューズの開発はこれからも進められるのだろうが、残念ながらここからしばらくは大きな進化はない。現時点で人間のポテンシャルを十分に引き出せており、人類がこれ以上42.195kmを速く走れることは考えにくい。もちろんサブ2の夢はあるが、キプチョゲ選手が非公式ではあるもののすでに達成している。

1時間59分あたりが人類の限界だろう。10年後20年後はわからないが。

ランニングシューズメーカーはこれから、開発したシューズのチューニングを行っていくことになるので1%くらいは改善するかもしれない。だが、最大の問題はメーカーにお金がないということだ。ナイキもアディダスもコロナ禍によりとんでもない量の在庫を抱えてしまった。

売れないことには開発費を削減するしかなくなる。開発費のためにも売らなくてはいけないのだが、定価では売れないから叩き売りをする。ナイキは25%オフを連発し、アディダスは1.7万円のシューズを5千円で売っていた。これではただの在庫整理だ。

もう大して伸び代もないのに、積極的に投資することはないだろう。そう考えるとランニングシューズの競争はここで幕を閉じると考えるべきなのだろう。そしてランナーはシューズに振り回されることなく、トレーニングに集中できるようになる。

これからは速く走るのではなく、勝つために走る時代になる。ラスト2kmのスピード、ラスト100mのスピードが求められるようになるだろう。そのようなレースに日本人ランナーがどう食い込んでいくのか。日本人がメジャーマラソンで上位争いに加わる。想像しただけでもワクワクする。

いずれにしても、マラソンはこれから新時代を迎えることになるのだろう。ここからのマラソンには期待しかない。きっと新しい選手も台頭してくるだろう。マラソン群雄割拠時代がここからはじまる。そう感じさせてくれるロンドンマラソンだった。

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