ランニングの基礎をきちんと教える人が必要:自分をコントロールする

通院のタイミングで神奈川に戻り、その夜に東京へ出てラン仲間とのランニング。前回一緒に走ったときに、走り方が気になったので、おせっかいとは知りつつも簡単に走り方のレクチャーをしてきました。本人はまだしっくりきてなかったみたいですが、足音が大きく改善。

以前も書いたような気がしますが、ランニングというのは独学で出来るお手軽なスポーツです。誰だって子どもの頃に走ったことがあるし、大人になってからも急いでいるときは無意識に走れるので、走り方を教わるという考え方がなかなか定着しません。

そういう私自身が走りを独学で身につけたので、独学そのものを否定するつもりはありません。ただ遠回りなんですよね。そして探究心がないと、ずっと足踏み状態が続きます。私もかなりの試行錯誤をして、いま人に教えることができていて、何もせずに上手く走れるようになるほど甘くはありません。

ランニングにおいて、なかなか伝わらないのが「着地の反発をもらって前に進む」という考え方。これは体のセンサーがそれなりに鍛えられていないと、反発を感じられないので、ほとんどのケースで「お前は何を言っているのだ?」という顔をされます。

一昨日のラン仲間の場合、そもそも思うように体を動かせない状態。彼女は大人になるまであまり運動経験がないタイプなので、神経系が鍛えられておらず、頭で描いた通りに体を動かすことが難しい状態にあります。そういうときに「反発」と言っても伝わらないのわけです。

もっともそういう人ほど伸び代があって、神経系が繋がりさえすれば、驚くほど繊細に体を動かせるようになります。それを引き出すのもトレーナーの役割で、じっくり時間をかけて、あるべき姿に導いていく。これはなかなかやりがいのあることです。

私自身はピラティスを通じて体の声を聞けるようになりましたが、そもそも子どもの頃から全身運動をしていたので、神経系だけは整っていたような気がします。スイミングや野球、ハンドボールにサッカーと隅々まで神経を使ってきたので今があるのかなと。

ただ子どもの頃は運動神経はあまり良くないタイプで、どんな競技をしたとしても、チームスポーツでレギュラーになったことはほとんどありません。ただ大人になってピラティスに出会い、繊細な動きができるようになってからは、大抵の競技を人並み以上にできるようになりました。

頭でイメージした動きの通りに体を動かせるので、上手い人の動きを真似れば自ずと結果がついてきます。戦闘系の漫画に相手の技をコピーできる敵が出てくることがよくありますが、まさにあんな感じで、1度目にしたものは大抵コピーできてしまいます。

人の動きを見て、体の中の動きがどうなっておるのかもわかります。調子がいいときは、他人の視点までイメージできるようになります。そうなると目の前の人が、いまどんな感情なのかも伝わってくることがあり、瞬間的にその人になりきれたりもします。

そうなると、どんな動きでも可動域の範囲内でできてしまうわけですが、これはちょっと特殊な例だという自覚はあります。だから教える相手にそこまで望んだりはしませんが、思うように体を動かせない人を見ると、せめて神経系を繋げてあげたいとは思うわけです。

思うように体を動かせる気持ちよさ、自由を手に入れたことによる開放感。そういうものがあると、毎日の生活がもっと楽しくなるので、まずはそれを感じてもらいたい。簡単なことではありませんが、来年からはその仕事も増やしていくつもりです。

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