何も犠牲にせずに欲しい物を手に入れようというのは傲慢だと思う

  • 2024.01.28
  • (更新日:2024.01.27)
  • RUNNING
何も犠牲にせずに欲しい物を手に入れようというのは傲慢だと思う
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私は幼稚園に通うくらいからスイミングをはじめて、その後に野球やハンドボール、サッカーなどを経ていまランナーになっています。いろいろなスポーツを経験してわかったのは、適正というものが間違いなくあり、ただ適正の差は、本人次第である程度は埋められるということ。

たとえばサッカーにおいて、私の161cmという身長では186cmの選手とヘディングで競り合うことはほぼ不可能です。そこはもう物理的に乗り越えられない壁があります。では161cmでプロのサッカー選手になれないかというとそういうわけではありません。

少なくとも私は海外のチームに、練習生としてプロテストに受かっています。可能性がゼロの人間を練習生として日本からわざわざ呼ぶなんてことはありません。186cmの選手に体格差で負けようと、自分次第ではその差を埋められるわけです。

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マラソンにおいても同じです。一般人でも努力次第でオリンピックに出場できることを、猫ひろしさんが証明しました。それはイレギュラーだというかもしれませんが、少なくともカンボジアにおいては彼よりも速い選手はいなかったわけです。

そのために、とんでもない量のトレーニングをしたはずです。そうなる前の猫ひろしさんは、私と走力がそこまで変わらないくらいの人だったので、たとえば私がサブ3を達成できないとするなら、それはどこかに甘えがあるということです。

実際に甘えがあったことは自覚しています。ここで大事なのは「甘えを抱えたまま、サブ3を目指すと言うのは傲慢だ」ということです。別にこれはサブ3に限ったことではありません。サブ3.5にしても、サブ4にしても、フルマラソン完走にしても、最低限必要となるトレーニングというものがあります。

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当然のことですが、上を狙えば狙うほどトレーニングと向き合う時間が長くなります。それだけ自分の時間を捧げることになります。どれだけの時間を捧げればいいのかは個人差があります。でも、ある程度の時間を捧げなければリターンはありません。

それは投資と同じことで、1万円を元手にするのと100万円を元手にするのとではリターンされる配当が変わってくるのと同じ。そして100万円を元手にしたからといって、確実にリターンを得られるとは限らないという点も同じです。

1ヶ月に30時間をランニングに捧げれば、基本的には誰でも走力が上がります。でもそんなにも時間をかけるとケガのリスクも上がります。何よりも家族との時間や趣味の時間、仕事の時間が削られます。だから、そんなにも時間をかけられないという言い分は理解できます。

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ただし、そんなに時間をかけられないなら、それに見合わないリターンを期待してはいけません。櫻坂46の増本綺良さんが「倍速く歩けば、倍早く着く」というような言葉をちょっと前にテレビ番組で言っていました。当たり前過ぎて、他の出演者の頭の中では「?」が浮かんでいたみたいですが、これが真理です。

目的地に早く到着したいなら、走ればいいんです。でも疲れるから走りたくないというのが多くの人の考え方。別にそれは否定するつもりはありませんが、走りたくないなら早く目的地に到着することを諦めなくてはいけません。私はこの2つのどちらも手にしたいというのは傲慢だと言っているわけです。

別に矛盾する2つの思いを抱えるのは自由です。それが人間だと開き直るのもいいでしょう。でも現実として、両方は手に入らない。だったらやるべきことはひとつしかありません。どちらかを選び、選ばなかった方については潔く諦めるだけ。

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