以前のブログで「メーカーのうたい文句をそのまま信じてはいけない」というニュアンスのことをお伝えしましたが、今回はそれについてもう少し具体的に説明していきます。題材はアシックスの新モデル「METASPEED PARIS SERIES」の説明としますが、アシックスにケチを付けたいわけではないことは先に断っておきます。
メーカーの説明文をどのように解釈し、自分の言葉に置き換えていくのかを説明するとこで、私の頭の中で普段から何が行われているのかを紹介できると面白いかなという話なので、シューズやメーカーの批評ではないことを頭に入れて読み進めてください。
メーカーの説明を理解することから始める
まずはMETASPEED PARIS SERIESの2種類のランニングシューズについて、アシックスがどう説明しているのかを見ていきましょう。
METASPEED SKY PARIS
よりストライドを伸ばし、少ない歩数でゴールすることを追求したトップアスリート向けシューズ
METASPEED EDGE PARIS
ピッチを調節しながらストライドを伸ばし、少ない歩数でゴールできることを追求したトップアスリート向けのシューズ。
この説明を理解するには、ランニングにおける原理原則を理解しておく必要があります。走る距離に関係なくランニングにおいて速く走る方法は「足の回転数を上げる(ピッチを上げる)」と「歩幅を広げる(ストライドを伸ばす)」のどちらかしかありません。
これをあまり理解せずに練習している人が少なくありませんが、タイムを縮めたいならこれらのどちらか、もしくは両方を実行しなくてはいけません。そしてアシックスの説明からするとMETASPEED PARIS SERIESはいずれもストライドを伸ばすシューズということになります。
たとえば日本のトップランナーの歩幅が1.8mくらいで、このときストライドが1cm伸びるごとに約0.55%ほど歩数が少なくなります。歩数が少なくなるということは、それだけ着地の衝撃が減るということで、後半の失速を防ぎやすくなるということになります。
実際にどれくらいストライドが伸びるのかということは後でお話しますので、まずはシューズの本質というところでは「歩数を少なくして足への負担を減らす」と説明しているのだということだけ頭に入れておいてください。
自分でデータを取って比較する
METASPEED PARIS SERIESがどのようなコンセプトのシューズなのかを理解したら、次にやるべきことはデータ取りです。実際に走ってみてピッチとストライドがどう変わるのかを確認するのですが、今回は試走会だったので比較対象がありません。そこで過去のデータを引き出してきます。
ペース | ピッチ | ストライド | |
---|---|---|---|
GEL-KAYANO 30 | 4:45/km | 178steps/min | 1.18m |
S4 | 4:08/km | 184steps/min | 1.31m |
MAGIC SPEED 3 | 3:51/km | 193steps/min | 1.33m |
METASPEED SKY+ | 3:45/km | 195steps/min | 1.35m |
METASPEED SKY PARIS | 3:44/km | 196steps/min | 1.36m |
METASPEED EDGE PARIS | 4:00/km | 196steps/min | 1.24m |
過去のデータとの比較で、METASPEED SKY PARISとMETASPEED EDGE PARISは700m、他は1kmの距離なので単純には比べられませんが、METASPEED SKY+とMETASPEED SKY PARISがほぼ同じような数字になっているのがわかります。
S4と比べるとMETASPEED SKY PARISはストライドが4cmも伸びているので、フルマラソンを走ったときの歩数は約2.2%減少することになります。実際にMETASPEED SKY+もMETASPEED SKY PARISも走っていて、風を追い抜くような感覚になります。
ただS4はピッチも少ないので、この検証からするとMETASPEED PARIS SERIESはストライドだけでなく、ピッチも上がることがわかります。ピッチが上がるということは、それだけ接地時間が短いということを意味し、それはシューズの反発するタイミングが速いことを意味します。
このように、自分の感覚と数字のすり合わせをしていくわけです。大事なのはデータに基づいて検証するということ。人間の感覚なんて不確かなもので、記事を書くときには感覚はエビデンスにはなりません。ただ、シューズのレビューの場合は感覚も重要になります。
自分の感覚からシューズの性格を読み取る
上記の表で面白いのは、METASPEED EDGE PARISのペースが遅く、ストライドも伸びていない点です。ピッチはMETASPEED SKY PARISと同じなのに。それどころかMAGIC SPEED 3よりもスピードが出ていないという結果になっています。
ストライドでいえばS4よりも短くなっています。テスト回数が1回なのでこの結果が妥当なのかどうかはわかりませんが、アシックスの説明にある「ピッチを調節しながらストライドを伸ばし」は本当なのだろうかという考察が始まるわけです(ここではしませんが)。
そもそも「ピッチを調節しながら」の意味がよくわかりません。実はここは説明を読んだところで引っ掛かっていました。そして、こういうところにシューズが本来持つ性格を読み解く鍵が隠されていたりします。言い方は悪いですが「真実が隠されている」可能性が高いわけです。
本当のレビューならそのあたりを深堀りするのですが、今回は試走会でしか走れていないので、実際に出た数字をベースに自分の感覚と掛け合わせて考察することになります。その結果はRUNNING STREET 365にも書いたとおりなのです。
METASPEED SKY PARISは攻めのシューズで、METASPEED EDGE PARISは守りのシューズ。別の表現をするならMETASPEED SKY PARISが矛でMETASPEED EDGE PARISが盾です。攻めのレースをするならMETASPEED SKY PARIS、守りのレースをするならMETASPEED EDGE PARISを選ぶというわけです。
また、METASPEED SKY PARISはストライドが伸びると説明にありましたが、ストライドが伸びればそれだけ着地の衝撃が大きくなります。スピードが出てしまうと心肺機能に与える負荷も大きくなります。そう考えると、設計上の使い方としては「ピッチもストライドも変えない」が正解とも考えられます。
「ピッチもストライドも変えない」ならタイムが変わらないじゃないかと思うかもしれませんが、消費しているエネルギーが少なく、足へのダメージも小さくなっているので後半に失速せずに好タイムが出る。そうなると「ストライドが伸びて歩数が少なくなる」という説明も「本当だろうか?」となるわけです。
そういう疑問をひとつずつ自分なりに紐解いていく。これがシューズレビューでやることになります。なかなか面倒なことをしているのですが、ここまでしないとメーカーの説明をコピペするだけになり、オリジナリティのあるレビューになりません。
ただ、そこまでやっている発信者が少なく、なおかつ細かいことを感じられない人がほとんどなので、同じことを他の人ができるかどうかはわかりません。なので、とりあえず私はこうやっているよという一連の流れを簡単にご紹介しました。まだいろいろ隠してはいますが、知りたいという奇特な人がいれば生ビールと交換で情報提供します。