組織の中で働いてきた人と組織に属さずに働いてきた人は協調性の部分ですれ違う

当たり前のことを当たり前にやってもらいたい。とてもシンプルな願いなのに、それを実現することがとてつもなく難しい。この場合、「当たり前」の基準が間違っている可能性があるのですが、困ったことにこちらにしてみれば、何がわからないのか、何故できないのかがわかりません。

会社員だとそういうことは起きません。別に会社員を褒め称えたいわけではなく、会社というのは面接があります。面接によって採用するかどうかを判断し、さらに試用期間なるものを設定して、「当たり前」をできない人を除外しているという話。だから、会社という組織には「できない人」は残りません。

逆に考えると、会社に行く勤めをしていない人は、多少「ヤバい」ところがあります。それは人として問題があるというのではなく、組織として仕事をするときに、歯車になれないとかそのレベルの話です。そして歯車になれないことが、必ずしも悪いことではありません。

組織の歯車にはならない。学生時代そう考えた人でも、大抵は組織の歯車になります。もちろん、歯車になるものかと最初から独立する人もいますが、反対に歯車になれない人もいます。歯車にならないのと、歯車になれないには大きな違いがあります。

ところが、この国では歯車にならない人も、なれない人も同じような道を選びます。職人だったり、料理人だったり。他にはインストラクターなどの指導者などもあります。起業するケースもありますが、それはちょっとイレギュラーなのでここでは除外します。

自分の腕一本で生きていくわけですね。面白いもので、そのような人たちの世界では、どんな人も、努力で身を立てることができます。会社員として不適合とされるような人でも、社会人としてやっていけるわけです。芸人と呼ばれる人たちがまさにそれ。

普通の会社員になれないから芸人になる。そう言った大御所芸人がいましたが、この国には働く気があるなら、きちんと道が残されています。組織の中で働けなくても、自分の特性を活かして生きる道が用意されているわけです。これは素晴らしいことだとは思います。

ただこの世界では、組織の中で働いてきた人と、歯車になれなかった人が交差することがあります。組織で働いてきた人は「当たり前のことをちゃんとしよう」と言い、歯車になれなかった人はそれができなくて、相手のことをただ口うるさい奴と感じる。

見事なミスマッチングなのですが、決して珍しいことではありません。建築現場は職人たちの働く場所ですが、プランを立てるのは組織の人間です。図面を引くのはちょうどその間に位置する人。それはともかく、このようなケースは世の中にいくらでもあります。

私が抱えている問題のひとつがまさにそれで、そして同じくらい困るのが、組織の中で働く人にも「当たり前」ができないケースがあるということ。これは完全に想定外でした。いまだになぜそうなるのかはわかりませんが、組織の利益だけを追求するという昭和みたいな組織が実在する。

ただ、そういう組織は少なくないんだろうなと。私がこれまで属してきた機械設計やライティングの世界では、全体の利益というものを考える文化がどことなく残っていました。でもそういう会社ばかりではなく、協調することをよしとしない会社もあることを学びました。

そう、歯車になれない人も自社の利益のみを追求すら会社も、協調性に欠けるといった共通点があり、困ったことに私はそれを心の底から嫌っています。お前が言うなと言われそうですが、協調性はあるんですよ。見つからないように隠しているだけで。

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